フレンドファインダーフレンドファインダーブログ

2008年02月06日

ライバル

 私の娘ほどの若い子が、研修に参加していると、正直焦る。小奇麗にして、颯爽と歩いているその姿に、本質警備員は似合わないとは思わないか?何かの仕事の掛け持ちとか聞くと、もっとたまらなくむなしい感じがしてしまう。警備業も、そんな人のいるお蔭で、がっちり金儲けが出来なくなったのかも知れない。元々、私はイベント系志望だったが、以前の警備会社が、その受注をドタキャンされたため、やむなく、私は工事現場に入った。そして、今の私は8箇所の警備会社を梯子して、今の警備会社に入って、今、本当に、これで駄目なら後がないと言うところだった。今は千葉県だが、きっと東京都内に引っ越してやるんだ。そう思っている。
 何故って、父が危ないからと、私は都内のアパートを引き払って、実家へ帰った。父に了解を取るように母にも言っておいたのに、外泊許可を貰って一時帰った父に、
「何故帰って来た?面倒なんか見ないぞ!」そう言われて、母をも憎んだと、語り草に言って、彼氏には、父親について、いい思い出がないことを、言っていた。
 私は、東京都内のある病院で生まれた。今、その場所には、産婦人科の病院はない。とっくに孫の代にでもなったのだろう。あの、私の住んでいたアパートをチラッとでも見てみたい。鍵の件で、頭に来て、引っ越す費用をある人に用立ててもらおうとしたが、それが上手く行かなかった。そう言う経緯もある。父なんか見捨てて、どっか行ってやろうと思ったこともある。父が退院した時、私は、ある男友達のアパートに泊まり続け、現場もそこから通ったこともある。父との確執は、やはり続いてしまった。そのうち、父は、認知症となり、病院で亡くなってしまった。あの日もきつかった。前彼と1週間会えなかったから。その時の職場は前彼のアパートの近くだった。仕事も休んでいたのだ。休んだ後に、職場復帰して、私は転職を決心していた。あの時のことは忘れない。お金を貯めたいと思っていた。
 今から2年半前のことだよね。私の前には、お局社員がいて、私が仕事に身が入らないと言っては、いびって来た。そして、ある日突然、消えた。私は、ある警備会社に入り、その時の約束で、愛知に飛んだ。今考えれば、本当に思い切ったと思ったが、気分を変えるのには持って来いのチャンスだった。母も元気で、寝込むほどのこともないことから、安心もあった。愛知へ行って、畳約12畳とLDKくらいのアパートの1室それが寮で、そんなこんなで過ぎて行く日々が堪らなく楽しかったのを思い出す。その時、ヤツ(前彼)には、
「愛知に行くね!時々帰ってあげようか?」と言ったり、それでも、別れてもいいとも思ったりしていた。愛知からは、メールで連絡を取っていた。その間、ヤツは、実家に帰ると言う話も出たが、それでも構わないと思っていた。本質、私は、去る者は追わず、なのである。
 そうだ、今から、研修終わって入る現場は、博物館の警備である。あるところの水族館のような感じかな?私も、駐輪場とかがあるんだけれどね。経験した現場にはね。どうなるかな?
 でも、私は若さで競えないから、その子が一緒なのは、本当は嫌なのだ。嫉妬をしたくなるからね。今だって、場違いよね、なんて思っている。
「地域的なことがあるから、私、早く帰りたいんですけれど・・」そう言う言い方しか出来ない自分を恥じる。Iから、千葉県内の、私のアパートには2時間かからないが、誰だって遅いより、早い方がいいに決まっている。ぐずぐずしているのは、その子じゃなく男性の方なんだけれどね。なんか、連帯責任風になって行くと付き合わされるのが甚だ迷惑と言う感じでいる。
 Iへ戻って来たんだ。ここら辺でアパートを見つけて根を下ろそうかとも思う。彼氏の家の近くなんかじゃなくてさ。色々考える。


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