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2006年04月30日

裏切りPart2

 男女関係と言うのはかなり不可解なものだ。追えば逃げ、逃げれば追う。
 私の場合、かなり譲歩していたつもりだ。でも、もう限界なんだ。私は彼の奥さんじゃない。奥さんだったら、立派な不貞だから、もうどうにもこっちが悪くなる。でも、私は彼の奥さんじゃない。その権限さえも与えられなかった存在であった。この1年、とても大変だった。重荷を下ろすことにしよう。
 自分じゃ解らないのだろうか?なぜ自分の相手が自分から去って他の男を選んでしまうことを・・・・自分じゃモテると思っているらしい。でも、話を聞くと彼が別れを切り出すより前にいつでも女性が先に去ってしまっているのだった。気づかせてあげたかった。その原因を。
 日はまた昇る。明日になれば、また違った気持ちで考えることが出来るに違いない。
 誘われたんだ。ある人に。それが裏切りと知りながら、会う決心をするまでに時間はかからなかった。もう後戻りできないと思う。
 たかが出会い系、されど出会い系・・・・・この世の中に神も仏もあるものか!  

Posted by Chisato66 at 23:03Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月29日

ff-j内緒話

 去年の今頃までに結構、色々なメル友が出来ている。でも今はもうこのサイト上にいない。現実にいても、ハンドルが消えていたり(それが殆ど・・・)
 メールで知り得た相手の秘密をフォーラム公開してはいけないと、あるメル友に言っていたが、彼はフォーラム公開してしまい、問題提起となる大変な事件が起こった。彼も悪気はないのだろうけれど、ff-jは「出会い系」であると、骨身に思ったできごとで、やはり悲しかった。
 たかが出会い系、されど出会い系・・・・結構恩恵を受けたのだろうなあ!今の私。ネット歴2年、ff-j1年半で、続いているff-j上のメル友は無し。みな、ff-外へと移行した。どこかで元気に生きていて、私が会いたいときにはいつでも会える。でも、今日の彼は本当に不甲斐ないくらい、侮蔑したいくらいにどうしようもなかった。
 私はそれこそ、自分のことよりも相手のことを重視することを美学と考えているけれども、彼もそうなんだろうと思い込んでいたが、どっこいそうではない。綺麗ごとではすまされないのがこの社会だ。
 私は51になった。生まれたことを思い切り悔やんだ去年の誕生日から1年が過ぎ、もうどうにでもなれと思う。私生児、婚外子、未入籍児、婚姻による純正の子供・・・・・どうでもよくなかった50年だった。痴呆になった父にもはや聞くこともなかった。迫害された娘、愛を得られなかった50年。金婚式さえ出来ずに終わった両親の夫婦生活。
 私の数奇な波乱だらけの人生を憂えたメンバーもいた。今はもういないけれど・・・
 11歳の年の差を縮める手立てはないのだろうか?私はかなり考えを同じにする工夫をしてきたが、向こうはまったくと言っていいほど駄目である。だから言ったんだ。早く薬のお世話にならぬ日をと祈っているがまだまだ無理みたい。  

Posted by Chisato66 at 22:58Comments(0)TrackBack(0)PC・インターネット

2006年04月28日

表参道ヒルズ

 写真を公開!!!

外観だけとりあえず・・・

同潤館           あとは近い方、行って見てください。  

Posted by Chisato66 at 22:16Comments(0)TrackBack(0)通信・メディア

2006年04月27日

鬱病とわたし

 鬱病って治りにくい(?)と言う。「鬱病の薬って何なの?」と思う。眠れないとか拒食症みたいになるとか、小言が多いとか、独りよがりに八つ当たりするとか、私もそんなことあるけれど、深刻な状態ではないので、医者に行って診断されようとは思っていない。感情の起伏は激しいことがあるが、人を困らせたことはない。
 人を傷つけたり、人を困らせたり、現実にされると困るけれど・・・・彼らの話を聞いてみよう。鬱積した何かがあるなら吐き出させよう。ヘルパーならそう考える。でも、ヘルパーは四六時中一緒にはいられない。一緒にいる人もきっと彼らを理解する前に疲れるに違いない。
 ヘルパーは老人だけではなく、障害者の世話というのもあるのだが、これがとても困難である。以前、眼の悪い人のことを言ったことがある。色々いるがとても判りづらいのが「視野障害」という障害である。外見では判断しにくい。しかし、すぐそばのものを見落としたり、呼んでも振り返らなかったりと大変である。彼を理解するのに結構大変だった。これからも色々あるかもしれないが・・・・
 それでも鬱病なんかにならないで、障害をものともしない強い人は救われるかも知れない。問題はその障害に打ち勝つことの出来ない人である。誰しも強い心を持っているとは限らないものだ。人をこき下ろしている人の方が弱いのだろう。弱い人には頑張れと言えない。だから辛い。どうしたらいいのかわからないことがある。あまりやり込めてもいけないけれど、恥かかせたいくらい憎らしいことはあるにはある。かなりの葛藤がそこにある。  

Posted by Chisato66 at 21:31Comments(0)TrackBack(0)PC・インターネット

2006年04月27日

表参道ヒルズって知ってる?

 六本木ヒルズではない!表参道である。新しい観光名所になりつつあるそうな・・・何でもいいけれど、これから、メーデーもあるし、ゴールデンウィークもある。原宿も近いし、青山も東宮御所もすぐそこ、あとNHKもすぐなんだよね。
 ほこてん(歩行者天国)の範囲じゃないけれど、人はすごそう。このところは修学旅行の中学生が竹下通りよりも前に来るそうな。お子様の行くところではないと思うのだけれど、だってカルチャーショックをまともに受けると思います。お勧めできません。
 今度写真に撮って来ようかな?どんな所かを・・・・お楽しみに。  

Posted by Chisato66 at 20:14Comments(0)TrackBack(1)通信・メディア

2006年04月26日

こりゃ駄目だ!!!

 幸せな人は不幸に見舞われた(失礼)人の気持ちを理解できないだろうか?そんなことないと思う。例えば私は父を亡くし、それ以後口ばかり達者で、時々とんでもないミスをする母と二人暮らしだ。母には同棲でもしてくれと大騒ぎされるのに、それは時期尚早と思っているんだ。
 結婚生活とそうでない関係との狭間に立つ私たち・・・・離婚してもペーパー離婚でその後も一緒に暮らす人たちとかもいるよね。いろいろ価値観は違うものだ。泥沼になっていなければ、復縁できる関係が理想なんだけれどね。離婚まで行く二人はそんな生易しい関係で包まれていないことも多いが・・・
 人をひきつける何かを持ち続けること、それがいいかな?私も駆け引きの出来にくい体質だけれど、引くときは引くんだと思っている。話を聞こうという姿勢を示しているんだからそれを悪意にとってはいけないと思うんだけれど・・・・別れた妻を「家のかみさん」と言う奴(「刑事コロンボ」の影響かも?)何で別れたんだか疑問に思う。ただ、人目を憚らないそんな言葉に傷つくようではセラピスト失格であろう。セラピストを目指すなら、薬より話を聞くことなのかな?と思う。鬱病の人は孤独が大敵だというのは本当で、そういう人を一人にしてはいけないとは言っても、ヘルパーだったりすると無理な話である。 
 結構言葉はきついけれど、職業柄そういう人には接し慣れている。自分で「悪かったな!」と反省する人も多い。反省できない人もほっとくわけにはいかないが・・・・ま、いいか?
 ヘルパーは何故給料の安定がないかと言うと、初めに一日3時間(最高)一クールとして、それをぽつぽつ入れて慣らしがあるよね。一人の利用者世帯でまあ保険の範囲内で週2日、それをダブらないようにやっていくと週24時間前後くらいの割合で動いていたとしても×1500円で4週間で14万4千円くらいという計算式が成り立つがこれは高いほうである。こういう大ベテランになるまでどのくらいかかるんだろうか?スーパーのパートとさして変わりはないと思う。いかにヘルパーが買い叩かれているのがわかるだろう。それで、利用者宅で盗みの疑いでもかけられてみた日にはもうどうにもならない。本当にあった話である。これだけでもヘルパーが「見ざる聞かざる言わざる」に徹しなきゃならないかがわかると思う。見限ってはいけないといつも人に言い続けている。
 支えあって生きていこう。それが人だよといつも言っているんだけれど、わかってくれない人は多いんだね。寂しくて不甲斐ないのは貴方だけじゃないから・・・・  

Posted by Chisato66 at 17:11Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月26日

くよくよするな!

 主要のメール受信のアドレスのパスワード読み取りが異常で、また主要のブラウザが安定しないため、メールが受けられない状態だ。それは今でも治っていない。メール機能がストップするというのは大変なこと。
 「わからないことはわからないと言うんだ」と彼はいつも言っているが、彼のわからないことがかなり判明しており、彼の方がよっぽど適当な答えが多いことがわかってきた。
 昨日もTBS系の「人間・失格」の話になった時、太宰治の「人間失格」という小説の筋を知らないと言った。(皆さん知ってる?)私は読んだことがあるため、すかさず答えた。「そんなことくらいで・・・」と負け惜しみ。でも、教養の幅はこれからの人生に随分と影響するのではないかな?そう思う。女とセックスと娯楽のことしか頭にないようでは、人間が知れてしまうだろう。
 「だから貴方はサルなんだよ。(私の口癖となった)サルならサルのように開き直って、さっぱりしてくよくよ考えずに、人の言うことを素直に受け止めなきゃ・・・」
 私の方が色々考えるから鬱気味になると思うけれど、そうはならない。どこかで、問題を棚上げしてしまうんだろうな。くよくよしたって仕方がないものね。
 私のこの頃は仕事が半分以上減っていてそれが悩みだが、別にそれについて下手に心配はしていない。わかっていたことで、会社のごまかしだけがすごく嫌なだけだ。  

Posted by Chisato66 at 09:22Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月26日

ブラウザの異常どうしたらいい?

 このところブラウザに異常があり、PCアクセスが困難!だれか助けて  

Posted by Chisato66 at 08:28Comments(0)TrackBack(0)PC・インターネット

2006年04月25日

名古屋へもう一度行きたい!!!

  愛知は遠い。そして、去年の面影はないかも知れない。何処にも発表できなかった、愛地球博の画像を少し・・・・   各パビリオンも人気のものは並んでも入れるかどうかわからなかった。だから、外側だけを撮って見ていた。うまく映し出されていればお慰み・・・・          最後は名古屋城でした。あれからどうなったかな?もう一度行きたい!本当に!  

Posted by Chisato66 at 22:07Comments(0)TrackBack(0)仕事

2006年04月24日

大きくて掲載できなかったので再挑戦!

 懐かしのモーターショー!!!私もややネタ切れですね!!やっぱりアストンを撮りたかったんだもん!  こっちはショー関係のお兄さま方・・・・ どうですか?カッコイイです!!  続きを読む

Posted by Chisato66 at 19:40Comments(0)TrackBack(0)仕事

2006年04月24日

300万の壁

 このところ、年収の話題が結構多い。この頃の生活苦のもとは、月収が8万円台というもの、これを単純計算するとずばり96万円で100万を切ってしまう。一人暮らしの家賃5万円だとするともう生活が成り立たない。去年の今頃、本当にあったことである。去年の年収を考えてみて100万円ということはありえないが(仕事のない期間1ヶ月とか入れても後半で挽回したため)200万は切っている。年収が200万の男性も多いそうな・・・・どういう仕事しているのか?アルバイトじゃ時給と時間数でやっても月20万円を切るとすると、ボーナス等の臨時収入は見込めないため、限りなく200万に近くなるに違いないのだろうなあ。そう思う。
 私たちの(警備業界)収入にしても、がんばって月22万をキープするとしても、落ち込み時期に10万以下に落ちると300万には届かない。25万円を毎月キープするか、月20万円とボーナス60万円以上を確実にもらうことでしか300万の年収は見込めないのである。
 まあ、いいか?この頃結婚できない男女が増えたのってこのような状況に起因するのかも知れないと思う今日この頃である。  

Posted by Chisato66 at 10:10Comments(0)TrackBack(0)仕事

2006年04月24日

良い就職

 昔、私の高校の家庭科の先生は言っていた。「良い結婚のためには良い就職をするのがいいことよ」と。男女共学高校だったけれど、結構本音を言う先生で、家政や育児というところはかなり割愛してしまっていた。裁縫、料理とかも、うまくなりすぎると同棲に走るとか言っていた。高校生の時に同棲の意味など知らない私はちんぷんかんぷんで、家庭科は大の苦手だった。かなりひどい点をとっていた。でも、その先生のこと嫌いじゃなかった。結婚できるかどうかわからない私には必要もない科目だと思っていたし、創作意欲もわかない私に編み物もあったもんじゃない。受験の妨げにならないようにと母が教えてくれたものをやっとこなすくらいだった。
 今にして思う。確かにきちんとしたいい出会いがない限り女は幸せにはなれないのだなと。私の結婚の失敗の要因の一つ、出会いの質がまるで悪すぎたのだ。
 女子大では、結婚は永久就職だなんていっていた時期もあったが、今では離婚の増えたこともあり、永久な就職ではなくなっている。それでも、女子大ではあの頃にも卒業する前に苗字の変わった子たちもいた。私もそう言うのがいいと思ったことはある。やっぱり、仕事って遊びじゃないし、手を抜けないし、責任重大だし、腰掛けなんて言うのは憚られるようにも思われてしまった。
 やっぱり年上で頼りがいがあって、お金があって、大事にしてくれて、と言うのがいいに決まっている。その点、私の両親はまるで駄目なペアである。家はしまり屋の母で持っていた。でも、母は守銭奴なので窮屈である。父はいつもこぼしていたから。だったら何故一緒になったのかしら?父は策略をめぐらしていただけなのだ。そう私は思っている。私の彼だって策略しか頭になさそうだから。
 幸福な結婚とは何なのだろうか?私は今でも料理が嫌いだ。母も料理がとても下手だった。好きじゃなかったと思う。食卓には一品しか出てこなかった。料理のレパートリーがないのではないかと最初の夫に言われたことがあるが、そんなに多く出てきたら家の家計は成り立たなかった。それだけ貧しかった。ボケ始めた父が母のつましさを非難して「上等の肉を切り刻んで」と文句を言っていたのを聞いた私は母に言った。自分の稼ぎの悪さを棚に上げてと母は怒っていたが、ボケていた父は私さえも自分の娘と判らなくなりだして、文句を言った模様だ。認知症ではやがて本当に人の見分けがつかなくなる。「貴方は誰?」と親に言われたら、冷静でいられる人はどのくらいなのだろうか?私はヘルパーだから、熟知しているので、「とうとうおいでなすったか!痴呆の兆候が」と思って悠々だったけれど、妹は当然ショックを受けてしまったらしい。
 父が最初の入院をする1年前(半年前だったかな?)、母は「お父さんと一緒になってよかったと思うよ」と言っていた。私はそのことについては面白くなかったのだが、母がそう言うのだからと思って甘く見ていた。思えばあの頃から奇行があったことはあったのだ。あるはずの地名を「ない」と言い切ったり、私のものを勝手に許可なく人にやってしまったり、そして実家に帰った私を迫害したり・・・・
 私の2番目の夫の母親も、時々過去と現在をまぜこぜにしていた。私の娘(姑から見ると孫娘)の認識が出来なくなることがたまにあって「貴方はどこの子なの?」と聞いていたという。迫害されたのは認知症のせいだったのだろうか?そんなところに娘を置いてきたのは心配だったが、今となっては仕方がないのだ。幸せを紡ぐことができないのは本当に嫌なことである。
 こうやって不幸せの芽ばかり掘り起こしているのってとても嫌なのだが、いたし方ない。私って家庭に入るのに向かないのかも知れないと本当に思い始めている。限られたお金でおいしい料理なんて作れるとは思えない。最高の食材で初めていい料理って出来るよね。母の料理は前と同じにやはり不味い。澱粉質と脂肪が多く、血圧によくないので、摂りたくない。何処で間違ったのだろうか?私の結婚って?良い就職ができなかったからなのだろうなあ・・・
 付け加えておくけれど、甘えているわけではない。家の夕食抜きで彼と一休みしている方が、よっぽど気が休まるのである。  

Posted by Chisato66 at 00:28Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月22日

離婚・・・私の場合

 私の場合は、相手との信頼関係の欠如にあった。姑(2番目の夫だが)から私を庇うことができず、苦悩した夫は私が何をしても叱らなかった。私が塾を興すことを決めた時も、そのために子供を保育園に預けると言った時も、あまり反対しなかった。本当だ。
 子供が大きくなって小学生になって教育を小学校へ託そうと塾を閉じた時も、悲しがってくれた。全て姑から私を庇い切れなかった自分の不甲斐なさと言うのがあったのかも知れない。
 それなのに、警備員をやりながら、他のアルバイトをこなす私を姑は攻撃してきた。そうすると、夫も加勢し始め泥沼になりだした。家にいられなくなり、連勤(日勤と夜勤を続けてやること)を繰り返した。そうだ、仕事に逃げたのだ。不貞、裏切りなんとでも言ってくれ。でも、根底の問題を忘れている。一体何が本当に悪かったのか?
 今考えれば、亭主も欝だったかも知れないなあ。衝動的に首を絞めようとしたことがあったからね。それからと言うもの、亭主に近づくことが出来なくなったのだ。会社内でも、ストーカー、セクハラ、不当な勤務指示とかあって、家出状態で出奔。そのまま、離婚届けを突きつけられた。当時の会社も解雇されたが、私には「拾う神」がいた。助かった。新しい会社で、会社が借りてくれたアパートで仮住まい・・・そこで新しい生活が始まった。そのアパートには4ヶ月しかいなかったけれどね。その頃のこと思い出してしまった。
 「なるようになるさ。なるようにしかならないが・・・と」言うのがその頃付き合いだした新しい恋人の口癖だった。本当にそう。他人事ではいられない事情だ。少し変だと彼にも言われた。貴方に言われたくないわ。似たようなものよね。今日はここまでにしようかな?  

Posted by Chisato66 at 22:23Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月21日

USJのパンフレット・・・何故今頃?

 私は3月末までTDLのビッグサンダーマウンテンという乗り物の工事のため、裏方さん(ホントはキャストさんと言う)と一緒に仕事をしていた。
 去年の今頃は4泊5日の大阪旅行から帰ってきて、仕事が切れて大騒ぎをしていた頃だった。
 もう一つ写真が出てきたので紹介するね。
それからまた一つ
ウエスタン調かな?
 いずれにしても、GWにUSJに行きたいと思っている人、少しは参考になったかな?
 また以前の写真はハリウッドマジックというアトラクションのものだったらしい。
 TDLも写真を撮りたかったんだけれど、裏を撮る事は出来ないし、今の仕事減少で、入場料5000円以上は出せないし、ごめんなさい。姪や甥はオリエンタルランドの従業員(キャスト)だけれど、あまりお世話になりたくないしね・・・・  

Posted by Chisato66 at 19:56Comments(0)TrackBack(0)旅行

2006年04月21日

やっぱ、蜜の味でしょ?

 「私、乳癌かな?」という話題は反響が大きかったわね!恋多き女の私、モテモテでとは言いがたいが、それが癌かなんて言ったらやはり心配もしてくれるだろうが、いや別の好奇心も多いのだと思う。
 どこかのサイトで男が女に性転換する経緯を書いたブログがあったような気がするが、とても面白そうだった。よく主婦向けの雑誌に出てくる術前術後ってのにしてブログのネタにでもしようかしら?でも如何せん私の携帯からはログインができないから駄目、アクセスとその他のコメントしか出来ないのよね。病院入ったらお休みとなる。
 ブログって個人的なことを垂れ流しているような気がしてならない。それを読んでくれる人もいて成り立っているが、私は掲示板の文章だってそれに近い気がしていた。ある私の高校の同窓生のための会が主催しているのがまさにそれで、「**さん連絡して」がOKの世界だ。ホームページがよくてメアドは掲載できないと言うけれど、メアドで個人を特定することはできないのではと思っている。迷惑メールが増えるだけなのだが・・・以前携帯に迷惑メールが増えて、それはある葉書に書いたことが問題だと思った私は、葉書に書いた事項を紙で覆い、読む前にはがしてもらうことにしておいた。そうしたら何とか漏えいは免れたみたいだ。
 エクセルとかで作った一覧表をPCに入れておくとウイニーか何かで漏えいさせられるとか、写真とかも流出したとか変な話題も多いよね。以前他人のメールを読み取れてしまうと言った会員さんがいたけれど、どっちかが古いPCで暗号読み取りが容易だったのかも知れないわね。
 それから、話題も「結婚しました」より「離婚しました」の話題の方が同情もさることながら、後者の方が読まれる場合が多いみたい。「結婚したって?うまいことやりやがって」てなことでうわべは「よかったね」ですませるが「チクショウ、おれもそうなりたいよ」と決まって思っているモノだね。
 ココにはないが、あるサイトでは、他のブログの私の記事にアクセスできるようになっていて、何回かのアクセスがある。時々、わからなくなっても、そこの彼らはこっちも覗いているのかも知れない。  

Posted by Chisato66 at 15:18Comments(0)TrackBack(0)健康

2006年04月20日

大阪の景色をもう一度!!

 私が初めて大阪に行ったのは去年の1月、そして4月、9月と3回行っているけれど、この写真は4月初めのもの。USJの内湾の部分かな?
 去年の今頃はマイアルバムもなくフォトの出番はなかったし、今年はお金がなくどこへも行けない状態だから、しばらくは去年のもので我慢してほしい。とても綺麗な空だったように思うが、携帯のカメラが今一だったからちょっと残念。うまく写っていたらおなぐさみ・・・・  

Posted by Chisato66 at 18:53Comments(0)TrackBack(0)PC・インターネット

2006年04月20日

時間を共有できる人

 私が実家に戻ってきて程なくしてADSLを家に入れてもらった。もといたアパートでは出来ないことだったから。その時いくつかのサイトに同時に登録しているが、それがよかたのかどうか、私自身もわからない。言えることは何人かのメル友を得たということ。今でもいい友かな? 
 50前後と言う年齢は恋愛のできにくいもので、それでも「老後の心配なんて早い」とメル友たちには言われていた。その考え方には人生を楽しむという意味のニュアンスが含まれていた。言わんとすることはわかっている。しかし、当時両親の面倒を見るという使命が課されていた私にとっては、話題を共有できる友達か良き理解者が必要だったのだ。遊んでいる暇はなかった。下手に外泊などして父が容態の急変で往ってしまうか本当にわからなかったからである。それでも、私は去年の今頃大阪の方へ旅行へ行っている。メル友に会うためだった。
 会ってみて決める。それは大変な賭けであろう。時間が経つのが早くって「この人とならもう少し長くいたい」と思う。そんな人に巡り会いたいと思うでしょう。誰でもね。私もそうだった。時間の共有が出来るか出来ないかは結構難しい問題だ。相手の立場を理解できるかどうかにもかかっているので。例えば2年前の私は日曜日と仕事のオフの日はヘルパーの授業で暇はなかった。ff-jは10月ごろ本格的にその活動を開始している。それより前にネットのトラブルが引き起こした佐世保小6女児殺人事件と言うのがあるでしょ?同じくらいの年代の子供を持つ私にとってはとても関心のある問題だった。そんな話題を共有できる人っていいと思った。
 「ここまで来たからにはタダでは帰れまい」なんて言う思惑のもとで出られると少々不愉快だ。(ここはブログである。少し私の得意な打ち開け話を聞いてもらおう)ある本にも書いてあった。事を急いてはいけない。逃げ場は作るべきであるとね。有識者ならなお一層、会社社長という肩書きならば、デートの場所には気を遣うべきである。そうじゃなくても、映画一つでも感想を話し合うとかムードつくりと言うものは念入りにするべきだと思う。そんなことを説いてみていた。出会い系と決まっていても以前のテレクラ(これも死語なので説明すると、電話の向こうの相手とデートの約束を取り付け、それこそそのための出会いのための場合と、電話でムードを高めてストレスを発散しようというものまであった)ではないが会ったら即OKのような解釈は間違っていると思うのだが・・・・モラルの問題でもある。
 よく話題にすることだが、男の本音とは、「**出来る人を探す」というものらしいが、元の同僚との間でも取りざたされた問題で、「**の関係だけでは長続きしない」と言うのが私の持論。元同僚は「その関係がなければ長続きはしない」と言った。結果として危険を孕むため、その人とはそれ以後連絡を絶っている。
 その関係がなくても続くかどうかはなかなかわからないものだ。今彼の場合は奇跡に近い。この人となら同じ時間を一緒にいられるんじゃないかな?そう思ったから付き合い始めたが、1年の間には色々あった。母は行く末のことを心配して功を焦りがちである。だから私が幸せになって家を出て行って欲しいと願っている。自分たちが祝福もされず、駆け落ちでそれでも何とかやってきたという気構えがあるからで、即答できない彼(極端にも次の日から一緒に暮らせるようにしてほしいと言っている)をなじった。無責任だというのである。しかし、母の考えは余りに大胆で、人の立場を理解していなそうで、実はこんな形でしか心配できなかったのであろう。自分がまともなうちにと言うことなのかも知れない。母は自分のことは後の人間に迷惑をかけない様にという気持ちが強い。父が余りに無計画で、お葬式の費用に事欠いたからである。墓が都合で建設が遅れて一周忌と同じくらいに納骨をすることになった。母の強がりはまだ続くのだが・・・・・  

Posted by Chisato66 at 06:36Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月19日

私と父と介護の仕事

 私がヘルパー講座を受講しようと思い立った時は、まだ東京にいて、心もとなく時々仕事を出し渋る会社と闘いながら、日々努力していた。会社が夜勤を勧めはじめた時も「親が具合悪いので、日勤にしてもらえますか?」と少し遠慮がちに言っていた。それだけでなく、理不尽なこと(理由もなく、何の落ち度もないのに日給を下げられたり)をされて、会社を変わった時も父の危篤は全く知らなかった。一昨年の2月頃だったかな?「お父さん入院しちゃったんだよ」という妹からの電話で実家へやってきた。
 「どんな具合なのかしら?」と聞くとともに、「私、一緒に暮らそうと思っている人がいるんだけれど・・・」その時切り出したが、にべもなく反対をされた。理不尽なほどの反対のされようだった。
 「どうすればいいの?その人と暮らすか帰ってくるかのふたつに一つだけれど・・・」
聞いたのを覚えている。「わかった。帰ってくればいい」と母は言った。
 「とにかく家にいて。父さんには何とか言うから」
その言葉が見事に欺かれたことをじきに知らされた。入院していた父が一時退院(外出許可かな)して来たが、私を見るなり「何で帰ってきた?お前のことなんか面倒見れないぞ」
 大変な仰りようですねえ!母はこのようになった父に全く力なく従いながら、でも、私は「そのことについては母さんと交渉してね。私はヘルパーなんだから」言った気がする。
 「居候なんて言ったらお母さん、困るよ」といい含めた。それが認知症気味となった父との格闘の始まりだったとは・・・・だれが想像しただろうか?
 父の病状を説明しよう。父はもともと結核で、一命をとりとめたが、私たちが幼い頃リンパ腺から膿が出たりしていた。その後は経過もよく、なんとか生き延びていた。夜勤はなく、給料も下がらず8000円を保つために、私は転職したばかりだった。それなのに東京都内から千葉へ引っ込まなきゃならないとすると、仕事の心配は必至だった。ただ、「親の具合が悪い」とまことしやかに言った手前本当に父の具合が悪くなるなんて。霊感は確かにあるのかな?そう思った。
 やはり仕事が少なめで、その空きを利用してスクーリングを受けに行ったんだったよね。よくやったと今ではそう感じている。通信制のその講座に費やした費用は8万円くらい。以前は都(正確には区)がやっていた講座だったので、本代くらいですんだのだけれど、スキルアップのためにつぎ込んでしまったのだ。まあ、面倒を見るよという意志表示だったのだが、「面倒見ない」なんて言われて開いた口が塞がらなかった。自分の親が認知症になるなんて、妹は思いもかけないことでショックが大きかったと思う。妹は教員だけで20数年生きてきていて、私のように老人介護なんて経験もないのだから当然なのだけれどね。警備員をしながらヘルパーステーションへ行った日もあったんだ。3級の頃には。でもさすがに自分の親では、誰かの言うように「ヘルパーさんを頼んだほうがいいかも知れないよ」と言ったことがある。しかも男のヘルパーさんがいいだろうと考えていた。そして私は、資格あることを言い、父をみてもらう条件で入れてもらおうなんて考えていたことだってあった。でも、そんな計画も日の目を見ることなく父が病院で亡くなり、お骨となって帰宅した。亡くなったその日、何人かのこのサイトの仲間はお悔やみを言ってくれたのを今でも覚えている。あと2ヶ月で命日なんだけれど・・・
 縁起でもないことはわかってるんだけれど、介護と言うと思い出しちゃうんで・・・お墓参り(本当は
正式の納骨なんだ)にも行かなきゃならないし・・・・母と妹の姿を写真撮ってた私はとても不謹慎だけれどね。でも、許してもらおう。  

Posted by Chisato66 at 20:39Comments(0)TrackBack(0)老人福祉

2006年04月19日

やっぱり多いんじゃない?

 あるよそのサイトでいっぺんに(それは分刻みでなされていた・・・)10もの投稿が一人のライターからされていたことがある。それってやはり煩わしかった。検索の方で拾ってしまうからなお更だけれどね。それで開けて見てみると、2~3行のみで「考えてください」という内容・・・・いっぺんにというのがみそだよね。その投稿がこっちのPCの検索で拾うので、もっと見たい記事が本当に埋もれてしまっていた。そこの検索システムを使わないことで事なきを得たが、本当に煩わしかった。程ほどにしてよ、本当にという感じだった。
 ニュース性な話題とタイムリーなトラックバックがあればいいけれど、かなり変なトラックバック投稿とかもあった。見るからに風俗の宣伝用フィルムだなとかね。あまり変なトラックバックなら削除していいらしいけれど、あえてそのままにしてある。私の場合は如何せん読者が少ないから・・・・・ページビュウがユニークユーザーの20倍あった日には、何だこれはと思った。ただ単に内容よりも読む気をそそる投稿記事力というものも必要なのかも知れないわね。私の考え的を射ていると思うけれど、皆さんは如何?  

Posted by Chisato66 at 06:19Comments(1)TrackBack(0)PC・インターネット

2006年04月18日

携帯からのログインは無理!!!

 だから仕事の移動中での投稿は無理なんだ。それがとても残念でならない。他のサイトならできるところもある。でも、ffでの試みは全て失敗している。どうしてもという訳ではないけれど、記事編集に差し支えるから、できるようにしなきゃと思う。
 ブログは足掛け2年やって来ている。色々なことを書いてきた。ネットを2年以上やってると色々なことを吸収できる。ff-jを知ってから2年近いが、その間、色々な事件にも遭遇している。叩かれるなんざもうざら、ずいぶんひどいのがいたものね。打たれ強くはないけれど、結構強くなったかな?
 今ではファジーなこと言っているが、以前は「セフレ」に過剰反応していたし・・・・年齢層が違うと言われていた。そうでもないと思っていたが、色々人は変わっていったよね。
 人は変わっても、悪意のある書き込みは止めようよということかな?反感買っている?私はそれも計算に入れるが、今のところ変な攻撃的書き込みはないようで・・・・
 サイズが大きすぎるのでページを表示できないのだから、ログインできずに本当に困る。出来る機種もあるのかな?今日はそんなことで一日が始まり、終わりそうだ。  

Posted by Chisato66 at 23:55Comments(0)TrackBack(0)PC・インターネット

2006年04月18日

私はヘルパーです

 私はおととし、ヘルパー2級に挑戦、資格取得をした有資格者です。老人介護は得意分野なんです。去年の今頃、結構老人の話題を出していましたが、誰にも振り返ってもらえませんでした。そして、認知症の父は病院で帰らぬ人となりました。家で介護してくださいと言われ、まあ、私もその気になっていましたが、母は父が私をかなり迫害(ののしったり、嫌ったりした、原因不明だったが)したので、ある日
 「私がお父さんの面倒をみるよ。だから、お前の学んだことを教えておくれ」
と言った。
 「でも、トランスファー(患者を移動させること)なんかうまくやらないと腰を痛めるよ。母さんが患者役をやって覚えなきゃ・・・」
そう言ったが、ついぞ母の介護の出番はなかった。勿論私もである。無資格の頃と3級の頃、老人介護の経験はあるが、父の場合は少し大変かな?とは思っていた。体重があるからだ。家のお風呂は老人に優しく出来ていてとてもいいのだが、それでも、浮力のものいう水中と出したときの体重のかかり方は違うものね。やっぱり無理だったかな?
 「本当は逃げたかったんでしょう?」
母は答えなかった。どうでもいいけれど、資質はどうであれ、介護はこれからの私たちにかなり重くのしかかってくるのだ。ヘルパーの体験を今に生かそうと思う。並たいていじゃないと言われた。わかってるのよ。結婚してた頃から、3級の資格を有しており、私は老人介護には熱心だった。3級のままでも良かったが、婚家に資格証を置き忘れたのだ。それは実家に戻ったときに私の手元に戻った。でも、2級資格は無駄ではないと思う。ただ、収入が悪すぎて、就業はしないつもりだ。あと、自転車に乗れないという私の弱点で、就業のチャンスを狭めている。そのうち有利な状態で就職したいと思っている。福祉事業は絶対伸びなきゃならないものだ。そう思う。待遇改善して欲しいと思っている。  

Posted by Chisato66 at 21:11Comments(2)TrackBack(0)老人福祉

2006年04月17日

決まったことじゃないけれど

 本当なんですか?子宮を取ると言うのは?・・・・何だかコメントが入れられなかった。
 「私が乳癌だったらどうする?」と母には言ったが、果たして彼には・・・・・
 言えないな。決定したら、本当ならやはり・・・・でも、「私のバストメスを入れるかもね」
 彼は豊胸手術だと思うんだろうな。そう取れるようなことしか言えないよね。
 私は豊満ではない。彼もそれは知っている。
 「バストの大きな魅力的な女性が目の前に現れたらどうするの?」今まで何度も聞いた。彼は
 「浮気するかも知れない」と答えたが、それもいいよね。焼きもちよりそう言ういい加減な男とでは今までもって来たかどうかわからないのだが・・・・・
 「50歳なんだよ。結婚せずに授乳もしなかった女性でも垂れ下がってくるはずだし、私は妊娠出産のあった時期、全部で5年くらいしか豊満な時期はないんだ。2人のうち1人の夫は授乳の写真を撮ってたけれど、恥ずかしくて捨てたしね。想像できないくらいの大きさなのよ。巨乳だっていつかは崩れていくけれど、入れちゃったらその形は保たれるんだろうね」
 何を言いたかったかわからないんだろうな。やっぱり核心には触れられない。本当に私を思っているのなら気が狂うと思う。
 以前、銭湯でそれらしい年配の婦人を見たことがある。(以前アパートで一人暮らしをしていたことがあり、銭湯通いをしていたのだが)その時、色々な人に出会ったから、その時の印象がとても強いのだ。今では醜い傷跡だけ残るようなそんなことにはしないと言われているが、どうなるかわかったものではない。今のような仕事内容では蓄えもないからお金がないのだ。お金を貯めておいて8月にでもという計画はあまりに楽観的だと思う。ああ、やっぱりおっぱいの逆襲なんだ。私はバストを売り物にはしていなかったし、古い表現でのフリーセックス(まるっきり古いじゃないの)がいいという考えはないのだが、男が寄ってくるので(?)本当に困ったな(喜んでいると思った?)と思いながら、流されていた。
 愛が本物ならと、試練の時かも知れないとも思う。さて、どうなるんだろう。まだ休むことはできないし・・・・
   

Posted by Chisato66 at 21:58Comments(1)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月16日

ドウテイ

 教養が少し足りない彼が言った。
 「僕の前に道はない。僕の後に道はできる・・・・」
 「あら、いい詩を知ってるのね。高村光太郎じゃないの!それ」私は喜んだ。
 「これって先駆者たれってことなのか?」と聞くので、
 「そんなモンでしょうね」と答えた。「この詩のタイトルは『道程』よ。彼の詩には『智恵子抄』という『東京には空がないという・・・(あどけない話)』という詩に代表されるものもあるわね。いい詩人でしたね。でもね、私は女性を知らない純粋な男の人をからかって、高村光太郎と言ったことがあるんだけど・・・」と返した。勿論高村光太郎はそうではないが、「道程」と「童貞」をかけて暗にからかってしまったのだ。彼はそう言うと少し興味を持った様子だった。そうだ、その調子だ。頑張れ。男の器を大きくするのだぞ!以前なら、童貞なんて言ったらかなり過剰反応をしたものだったが、それがなくなった。以前ならランナウエイとかの「チェリーボム」とかいう曲を口ずさんで少し恥ずかしそうな面持ちで自分の無垢な時期を語ったものだった。それが今は違うんだ。うーーん、いいぞ、いいぞ。童貞なんて恥ずかしいことじゃないけれど、勿論処女も同様である。でも、そろそろ人間としての幅を持てという警告をした私の言葉が功をそうしたのかな?とも思っている。
 参考に言っておくけれど、その「チェリーボム(Cherry Bomb) 」の訳詩では「処女」となっており、 virginと同義語である。それに、シュワちゃんの昔出ていたツインズという映画でも、童貞はvirgin と言う表現だったのだから、認めてねと言っておいた。
 どちらにしても、本当は高尚な詩なのだけれど、少しは面白いことを言って味付けしておかないと、教養を身につけるのが辛くなるとよくないからね。「遠い道程のため」なのだから・・・・
 「ところで、道程って何だ?」と言ったので、「道のりとか道順とか言う意味と考えとけばよろしいのでは?辞書引いとこうね。道程の詩も今度調べとくわ」切り抜けた。いつもは知ったかぶりで違うことを覚えてるなんて言われっぱなしだったんだもん・・・汗・・・  

Posted by Chisato66 at 23:16Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月16日

裏切り

 私の元に舞い込んだ一通のメール。「貴女にどことなく惹かれた・・・・・」という文面。
 ・・・!彼の最初のメールとそっくり。ということは口説きのテクニックか?彼が初めからそう言うことの表現できる人ではなかったことは、一目会ってわかった。と言うことは、これはお誘いメールの定型文ということになる。私だって馬鹿じゃないのよ。ちょっとやそっとじゃ引っかからない。これは少し様子を見ようということになった。本当にあったことだ。私も一計を投じた。その人と会う場所を風俗街には決して出ないところに設定、様子をみる。そこはしかも私が幼い頃慣れ親しんだ下町。
 私が幼い頃家族と住んでたアパートは文京区にあるのだが、千代田区との境にあたる。凸版印刷工場のあるその近くは新宿区にも近い。こっちにも作戦はある。
 しかし、メル友は降参し、私の前から姿を消した。そいつの登録も抹消されていた。出会い系だからといちいち会ってはいられない。けれど、人を見る目は少しだけある。騙された振りして出方を見る。定型文に惑わされてはいけないんだけれどね。私も今回は「貴方の妻ではない。他の人と会うのは勝手よ」と言う意味で会おうと思った。彼の気持ちに疑問を持ったからでもあるのだけれどね。まあ、結婚している人妻だって出会い系を利用するご時勢だ。気分を変えてみることでは結構よかったかな?裏切りではない。これは未遂だ。一時の心の迷いだ。そして雨降って地固まるということのようだ。  

Posted by Chisato66 at 09:50Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月16日

未遂

 彼を信じてないわけじゃない。でも、今までの経過を辿ってとても寂しい気持ちが強かった。だから・・
 何もかも順序が逆だったのは両親の方で、私は子供より先にきちんと結婚をしている。でも、私の心は、「私生児だから幸せがもたらされないのだ」という思い込みが強い。過ちで出来た子供ならまだ許すことはできた。でも、「お前が生まれた時、私たちは喜んだんだ」で、私はひそかに切れていた。喜んだそのときに父親のところはやはり空欄。愛されない烙印を押されて今に至ってしまった。「許しておくれ」と一言、言って欲しかった。母じゃなく父に、でももういないんだ。愛されていないという気持ちがいつも先にたって私を苦しめた。愛されるためにはどうすればいいのか?人におあいそ言うのには慣れていない。世間に通用しなくても自分流を押し通すことだけが私の生きてく証なんだ。そう思う。
 安っぽい愛はいらない。「生まれてきて良かった」と死んでも思える生涯であると思いたい。波乱な人生と人の言う。私生児なんて今の社会には存在していない。どこかでつじつまを合わせているだけなんだよ。子供が可愛そう、だから好きでもない人と結婚するの?本当に結婚したい人とはしないのに?それじゃ子供は幸福になれないよね。
「子供を生める年齢ではないから、貴女とは婚姻はしない」
「だったら私が死んだら骨は誰が拾ってくれるの?」
 望まない子供を産みたくなくて離婚した。家事が辛かったわけじゃない。確かに月収10万円台はとても辛かったけれどね。亭主は本気で幸せにするつもりでいたらしかったが、子供2人でパート8万円台しか稼げないのでは生活が成り立たなかった。
「お前の働きじゃ無理だ」
「だったらアンタが育ててみろ!」たんかきった。子供を引き取らせたのはそんな理由からだった。
 私はただ愛情に飢えてるのよ。許されないけど一緒に暮らす。出来た子供には我慢をさせるといのは酷すぎる。親のエゴである。将来の年金面で有利な教員という職業を選択させようと言うのも親(父)のエゴだった。待機期間が無収入で安定性のないものということさえ私には知らせずに、ただただ親の見栄で勧めたことだった。知っていたけれどね。だから、一層身が入らなかった。勉強不足で試験に落ちた。しかし、落ちてよかった。会社は小さかったけれど、楽しい思い出がいっぱいできたから・・・・「この人と付き合いたいんです」と言って会わせる前に一線を越えていたことを父は許してくれず、「裏切り」と言った。何故?貴方たちが私にした仕打ちは何?「責任というのではないです。お嬢さんを好きなんです」とちゃんと言ってくれた。ほらごらん、貴方よりまともよ。お父さん。そう思って誇らしげに思った。だのに・・・・
 「子供のいないお前にこの家は継がせることはできない」まだそう言う母。「彼の財産で賄えるだけのそんな暮らし方で生きていけ。一緒になったら幸せにしてくれる人を本当に探して家を出るんだ」なんて言って家に入れてくお金だって馬鹿にならないし、追い出される家のためになど出せる金はないよね。どうしたら幸せになれるの?どうしたら母は認めてくれるんだろう?いっそ家出したい。母のいない世界で生きたい。またいい相手を見つけ損ねた・・・・  

Posted by Chisato66 at 00:31Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情

2006年04月14日

ページが大きすぎるため表示できません

 携帯サイトからの投稿ができない機種らしいのだ。私の今の携帯は・・・・・ボーダフォンはソフトバンクに・・・・よくなるのだろうか?サービスは?伊藤美咲さんや岡田・・君をコマーシャルで前面に出して派手にやってるにしては大変だったのかな?QRコードも読まないものがある。やっぱりね。モバイルスイカにしても少し立ち遅れている。3G携帯にしようと思ったが電波が悪いとか言われて踏みとどまった。優れた携帯なんでしょ?どうして?
 そうだ!他社と比べてみよう・・・ブログにしてもC***はばっちり投稿できるんだけど・・・ログインが出来なきゃどうにもならないよね。C***は投稿しても、字数制限で引っかかるんだけれどね。だから、出先で少し投稿して家で手直しがいいかな?30分くらい電車に乗っていく現場には、適しているね。
 電車の中でお勉強という話をお友達としていたが、30分あれば十分かな?私の家付近の私鉄路線ではJR線の駅に出るのに30分かかるから、その時間を活用するしかないのだ。慣れた現場なら楽々だが固定現場ではないので、神経をすり減らしている。それでも、時間の活用を考えようと思っている。現場の穴あきで休みが多くて、それがとても困るので、ポケPCでお勉強がいいかも知れない。出来るとしたら、エアエッジをあの手のものと機種変更することかな?今のエッジでもこのサイトには入れなかったのだけれど・・・・
 ああ・・・また愚痴になっちゃった。皆さん、ごめんなさいね。  

Posted by Chisato66 at 12:30Comments(0)TrackBack(0)携帯・デジカメ

2006年04月13日

おっぱいの逆襲part2

 彼が新しい会社におさまって3ヶ月が過ぎようとしている。普通の会社では初めの3ヶ月が大事だと言われているが、会社の幹部は人をもっと前から見ていて駄目な場合はもっと前から切ってしまうはずである。以前の2週間で切られるというのは生き過ぎで日本の会社では労働争議ものだ(彼が去年行ってた会社は中国資本のところで日本の法など及ばないのだった。だから止めとけばと言ったのだが、なぜか入社を決めてしまったが、その結果の短期解雇だった)。でも、以前私は今から20年前になるけれど、1週間で解雇を言い渡されたことがある。そんなもので、彼には心に余裕がないと言っていた。私だって必死だったから、自分の体の異常に気づかなかったのだ。
 今日とうとう膿のようなものが出た。出たら少し痛みが和らいだ気がしたが・・・・母には「良性のものでも全摘出かな?」と脅かした。家に居るからには金を入れるものと決め込んでいる母を少し脅かすしかない私。私が短期間でも入院したら、母は必死になじるに違いない。仕事がないことをせっつく人だから・・・・
 この間も書いたが、教員という職業は試験が難しいだけじゃない。試験に受かって採用通知をもらっても、「来てください」と学校が通知をくれない限り先生としての仕事はできない。最大1年近く棒に振ることを頭に入れて置かなきゃならない。その教員になれと言った(将来安定しているからという理由で)親(特に父)は当時どう考えていたのだろうか?母に聞いたが母は「お父さんだけが言ってたんだよ。私は思っていないよ。採用されなくて苦しんだ人を知っていたからさ」と言い、「お父さんはもういないんだから、もう許しておくれよ」と付け加えた。その後の鬼の首を取ったように勝ち誇った私の気持ちを想像できるだろうか?教員絶対神話が崩れ去ったのだ。必死に取り入っていた最近までの妹が、お天狗だった妹が全く私にとって怖くはない存在になろうとしている。
 しかし、最近思うことだが、妹の子供たちは上の二人が大学へ行かずに就職し、後の1人も教員になる兆しはない。黄金神話は見事崩壊したのだ。上の二人とも県立高校へは行っていないことも付け加える。私と妹は公立しか行かせないと散々はっぱをかけられていた。貧しいとすれば親のせいでもあるのに・・・親を反面教師にして子は育ってしまうものだ。たぶんそうなのだ。おっぱいを飲ませて大事に育てても子は自分で大きくなったようにして巣立って行ってしまうが、だのに子供の進路とかの話題には無縁で過ごしてきたのが私だ。そして、母は今でも喧嘩をすると強気になって「嫌なら出て行け」と言うのだった。「ごうつくばりだね!私が癌でもゴク潰しというだけでしょ?」と言うと、急に押し黙ってそれ以後、私に「痛かったら冷やせよ」と言うだけになり、せっつくのをやっと止めたのだった。  続きを読む

Posted by Chisato66 at 12:04Comments(0)TrackBack(0)健康

2006年04月13日

4月は充電の時期・・・・

 警備の仕事は4月と8月がかなり仕事が少なくなる。これは仕方のないことかも知れない。けれど、ここで踏ん張らないと大変である。頑張れば月30万てこともないとは言えないから。毎日決まった場所で残業続きでと言うことに限られそうだけれど、月給計算をして、交通費別で30万もらった時は本当に嬉しくなった。そりゃね、犠牲にしたことだってあるけれどね。週給で5万づつ、月給では20万以上だと生活はまあまあいいかな?でも、貯金ができない。25万くらい月平均で取れていないと。確かにこの氷河期の頃は、14~5万くらいになってしまうのだ。だから、仕事の出来る時期にまとめて働く私のやり方は間違いじゃなかった。会社の人はそんなに働こうとする私を不思議そうに見ていたけれど、今になってわかってもらえたと思う。だから、4月は充電の時期、色々なことを見直すためにあるのだ。どこかでは2・8だなんて言ってるけれど、8月は確かにお盆の時期と猛暑であれば大変だけれど、今日も非番なので去年のあるサイトの日記をひっくり返しても「暇だ」と書かれていた。何かを見直すための時期なのであろう。  

Posted by Chisato66 at 07:27Comments(0)TrackBack(0)仕事

2006年04月12日

今日はサッカーの試合

今日はジェフのホームグラウンドで試合がある。そこの警備である。何回か行っているけれど、3ヶ月ぶりだ。平日でしかも雨。でも、サッカーは雨でも休まないというのは中学生の頃から知っていた。サッカー部の同級生が雨の中ボールを追いかけていたことを今でも覚えている。こっちがたまったものではないが・・・・合羽を新しく買わなきゃ駄目かも知れない。少し早く行こう。行くまでに濡れるので制服を着て行くことは無理かも知れない。ナイトだからキックオフは5時より後かな?帰りは結構遅いわね。明日はオフですか?仕方がないよね。そのための先月の頑張り認めて欲しい。テレビでやっていたけれど、派遣社員って大変よ。彼が言っていたが、PCオタクなら副業できるかもと言うがそんな甘いものだろうか?私の友達もPCオタクはいるが、稼いでるという話は聞いたことがないから・・・・  

Posted by Chisato66 at 11:15Comments(1)TrackBack(0)仕事

2006年04月11日

怒った私

 私が怒る理由というのは、私の出生にまつわることからだったが、私は誕生してしばらくは母子手帳の父親欄が空白だった。両親は覚悟の同棲、覚悟の出産で私を産んだ。だから、母の旧姓で母子手帳は書かれ、そのあと訂正されている。***子私生児となるはずの運命だ。生まれた子供に罪はないだろうが、私はその10日後くらいに(入籍の後に)届出されているようだ。だから誕生日は本当に本当の4月29日(昭和天皇の誕生日)である。今流にせめて出来ちゃった結婚で入籍して欲しかったものだと私は思っている。私の前に生まれるはずだった子供がすでにあったが、流産している。妹は2年後その後にももう一人出来ていたが、優生保護法(今の母体保護法)適用でこの世に生まれてこなかった。
 父と母は何故結婚を反対されたんだろうか?私は年の差なんだろうと思っていた。農家の考えで30過ぎた女性には子供なんて産めないだろうという考えと、本当言うと村意識で排他的な考え方で母を認めなかったらしい。ただ単に年上の(あの頃で言ったらオールドミスだし・・・)というだけでもなかったのだ。でも、家族4人の幸せそうな姿を微笑ましく眺めない親がいたとしたらきっと悪魔に違いない。祖父はその悪魔だったのだろうか?「息子を騙して・・・」と言ったという。「息子によくしてくれましたね」と言うのが普通だよと私さえそう思うのに・・・・
 だから、私は恋の対象は年上だった。それも高校生の頃はやはり先生だったり、1年以上上だったり・・・学年の下の子が見つめてたりするといつも逃げ出していた。本当に気味悪かった。本当にそうだった。(それでも一人だけ例外的に可愛いと思って見つめてた子が存在したが・・・その子が弾いていたロックの曲がDeep Purple のSmoke On the Water だと知ったのはつい最近のこと・・・)
 両親の入籍は「私のおかげでしょ」と言って私は母に迫害を止めるように父に言ってくれと何度も頼んでいた。それなのに父は何も言わずにボケたままこの世を去っていった。「私がもし癌であなたより先に死ぬことがあったら、泣いてくれるのか?」と母に言った。仕事がないとせっついた母に「教員採用された人がどのくらい待機しているのを知ってるの?そんな大変な思いをしても教員にさせたかった貴方たちの気持ちが私には判らないわよ。守銭奴のくせに。私は・・・・」とぶちまけて、やっと私はすっきりした。
 威張ることはないんだけれど、食事時間の定まらない私をいちいち待つ母があまりにうざくって仕方がなくて爆発してしまったのだ。時には遅く出発して遅く帰る仕事だってあるのだから、警備の仕事ってそれだけ大変なので家庭内でストレスを抱えることは禁物なのだ。わかってほしい。  続きを読む

Posted by Chisato66 at 20:38Comments(0)TrackBack(0)恋愛事情