2007年12月12日
びっくりさせてごめんなさい!
彼氏の父親の手術の日、たまたま、お休みになった私だった。昨日から実家に帰ってしまって、今日も実家に泊まると言うメール。
病院に空手で行くなんてとも思ったが、明日が給料日で、今日は空ッケツの私。彼氏に会いに行くだけの口実で行ってしまった。自己嫌悪。しかし、収穫はあった。
母より・・・・・私は50台に見えたんだろうか?母のことを、彼氏に言う。母親にも言う。90になる母のことを、不思議そうに聞く彼氏の母。父より年上だったとは、言っていなかったらしく、あまりに反応が悪い。やな女と思われなかったろうか?それが心配だが・・・・・
病院に空手で行くなんてとも思ったが、明日が給料日で、今日は空ッケツの私。彼氏に会いに行くだけの口実で行ってしまった。自己嫌悪。しかし、収穫はあった。
母より・・・・・私は50台に見えたんだろうか?母のことを、彼氏に言う。母親にも言う。90になる母のことを、不思議そうに聞く彼氏の母。父より年上だったとは、言っていなかったらしく、あまりに反応が悪い。やな女と思われなかったろうか?それが心配だが・・・・・
2007年11月26日
彼氏の父親
彼氏と半同棲してからはや3ヶ月。彼氏は父親の入院の準備のため、週一回は実家に帰るようになった。会社に通うのに便利だからと、宿り木的に身を寄せたのに、今では、父親の傍にいたいと出来れば実家の近くにアパートを借り直してくれないかと懇願するようになった。
母親よりも、私とのことを喜んでくれていたのは、この父親だった。父方の祖父とは偉い違いだ。もしかしたら、彼らとなら上手くやれるかも知れない。そう思い始めた矢先だった。東京暮らしを再開させたい私にとっては渡りに船なんだけれどね。
昨日は、いや、今日の早朝に、彼氏に裸の胸を弄られ、夫婦の営みを・・・・
私はまだ母には言えない。何だか言いづらい。でも、彼氏は私を大事にしてくれるし、両親の説得もしてくれた。だから、彼氏の両親の気持ちに応えたい。強いては彼氏の愛に応えたいと思い始めている。木になる。彼氏の父の容態。手術のこと・・・・
母親よりも、私とのことを喜んでくれていたのは、この父親だった。父方の祖父とは偉い違いだ。もしかしたら、彼らとなら上手くやれるかも知れない。そう思い始めた矢先だった。東京暮らしを再開させたい私にとっては渡りに船なんだけれどね。
昨日は、いや、今日の早朝に、彼氏に裸の胸を弄られ、夫婦の営みを・・・・
私はまだ母には言えない。何だか言いづらい。でも、彼氏は私を大事にしてくれるし、両親の説得もしてくれた。だから、彼氏の両親の気持ちに応えたい。強いては彼氏の愛に応えたいと思い始めている。木になる。彼氏の父の容態。手術のこと・・・・
2007年06月15日
みんなの年金
私と母親は年金について話をした。私の年金事情はかなり悪い。払っても貰えぬものは払いたくないと言うと母親も同情していた。私たちに落ち度はないのに払われない年金がある。嫌な話だ。私の母親が心配して年金記録を探してくれたのは、あの大混乱の直前だった。今では窓口は一杯で、フリーダイヤルもかからない。年金記録は大丈夫だが、正社員の時期が少ない私はやはり不利だ。あらためて知らされた。
2007年06月09日
GWの功罪
グッドウィルの社長は豪華な生活をしている。それは私も知っていた。凄い別荘のこと。豪奢な大邸宅は悪いことじゃない。問題はその手に入れ方なんだ。ある人は望んでも仕事が得られない。ある人は望み以上の仕事が手に入る。個人差以上に地域格差と営業支店格差と、コムスンを吸収したところで立直りが無理で手放そうとする。介護産業はたやすくない。金儲けだけでは持て余す。本当に多くの社員のためになりうる人をトップにつけることだと思う。
2007年06月07日
コムスン危機
グッドウィルグループ介護産業大手のコムスンが大変なことになった。私は、コムスンに面接受けに行ったが断られ、以後、気にかけていなかった。しかし、架空のヘルパーという実情を知り、もしかして、私の名義使われていないかと心配になった。ご存知、私は2級ヘルパーの資格を所有するため、採用出来なかった彼等が名前だけ使ったっておかしくはない。破綻していたからこそ、グッドウィルの傘下に入ったのだろう。給料払えないほど逼迫している気持ちはわたしも同じだった。もしもあの時、採用してくれてたら私だってこんなことは考えないし、言わない。履歴書の不正使用はやめて欲しい。大きな会社は応募書類の返却はしないが、悪用の可能性もあるから、これからは、不採用の書類は返して欲しいと思った。
2007年03月06日
老老介護の実体
これからは、老老介護の事実に直面する。好きな人との婚姻の前に老親介護が立ちはだかる限り、幸せと裏腹になる。越えられると信じた私と越えられなかった今の自分がいる。
出来婚なんて、自分の体調管理の出来ない人で、下げ**だと言ったら、ヤツにはひどく叱られたが、相手選びは大変だと思った。
出来婚なんて、自分の体調管理の出来ない人で、下げ**だと言ったら、ヤツにはひどく叱られたが、相手選びは大変だと思った。
2007年01月02日
浮遊霊
母に
「ちょっと座れ」と言われた。ヤツの部屋にいて帰ってきたばかりだった。ヤツの部屋にいたのがバレたかと心配だった。しかし、違っていた。家へのお手当ての最低金額提示だった。ネットカフェで寝泊まりするとビジネスホテルより安いくらいの値段で一夜過ごせる。ヤツの部屋でならそれより安く泊まれるけど…
将来のことを考えると実家を出た方が良さそうだ。疲れきって帰るのがつらい。一人で気がねなく休みたい。少なくとも親の目が嫌だ。提示された金額を見てにんまりした。何年かかけて貯金すれば、ひと財産作れそうな金額が私の手元に残るかも知れない。あの金額なら私への懲らしめにもならない。去り行く者に何を言うのか?だ。
ヤツに元妻子の反応を聞いたところ、かなりさっぱりしていたと言う。やっぱり厄介払いとばかりに追い払われたと見える。普通なら、鬱の亭主を放って置いて、男と会うなんてことはしていないはずだ。ヤツの性格上、こてんぱんに攻められ、嫌だと感じる女性は多いはずだ…
「ちょっと座れ」と言われた。ヤツの部屋にいて帰ってきたばかりだった。ヤツの部屋にいたのがバレたかと心配だった。しかし、違っていた。家へのお手当ての最低金額提示だった。ネットカフェで寝泊まりするとビジネスホテルより安いくらいの値段で一夜過ごせる。ヤツの部屋でならそれより安く泊まれるけど…
将来のことを考えると実家を出た方が良さそうだ。疲れきって帰るのがつらい。一人で気がねなく休みたい。少なくとも親の目が嫌だ。提示された金額を見てにんまりした。何年かかけて貯金すれば、ひと財産作れそうな金額が私の手元に残るかも知れない。あの金額なら私への懲らしめにもならない。去り行く者に何を言うのか?だ。
ヤツに元妻子の反応を聞いたところ、かなりさっぱりしていたと言う。やっぱり厄介払いとばかりに追い払われたと見える。普通なら、鬱の亭主を放って置いて、男と会うなんてことはしていないはずだ。ヤツの性格上、こてんぱんに攻められ、嫌だと感じる女性は多いはずだ…
2006年11月17日
訪問客
昨日のことだった。私が朝寝していると、
「奥さん(母のことです)が独り暮らしをしていると聞いてお訪ねしました」(品の良さそうな声)
「あんた、心配してくれる人がいて良かったな」(品の悪そうなバアサンの声)
あとから母に聞くと、
「家からうめき声が聞こえたとか言って、やってきたのよ」と言う。私は
「あのバアサンの方を家に上げるの止めてくれないかな?それから私のこと言いたくない気持ち解るけれど、母さんがあの人上げたら、私が一人の時にも来たがるかも。でも私は入れないと思うわよ」と言っておいた。
くちさがない人たちには、独り身の私がいることだけでも興味の対象となる。母は私が日中いることを一時期嫌がっていたが、私が帰らなかったり遅く帰る理由がそのことと関係があるとわかってからは言うのを止めていた。私が男性と付き合うことにも訳があった。ましてや私は真面目に働いていてそれを咎めた負い目もあった。私は家を出たい。それは母の意思でもある。私が母と一緒にいたら間違いなく…将来私が一人になったら、欲の深い妹が乗り込んで来て(財産分与のため)…どうしてそんなこと言われるかって?私に姉に対しては乱暴な口のきき方をするからなのだけれど。私はこの頃夢でうなされている。うなされている声が聞こえたなんてわけないはずだがな?こっちも神経がトガって来る。うるさい人は近所の他人でも嫌だな。
ヤツにも言われたが、私と妹には埋め切れない溝が出来ているようだ。いずれも父を巡ってのものだけれど、母に問い詰めても二人とも自分の子供だからと言うばかり。気の弱さもあった。母だって年をとったのだ。今はそうとしか言えない。
今までの会社を辞めた理由にはこんな理不尽さがあった。納骨の当日に仕事を入れたり、夜10時まで仕事している者に朝7時30分までに行く仕事なんてのを出来ないのに入れて来たのだ。
私が家を出れば、妹が乗り込んで来るだろう。わかっている。妹は私を利用しようとしているだけだ。少なくともそうだ。私を入り込ませて様子を窺っているだけなんだけれどね。私は母の世話役ではない。だからって私はパラサイトではないと自負していたが自立出来る収入をはじきき出せない。ただそれだけが悩みだ。
「奥さん(母のことです)が独り暮らしをしていると聞いてお訪ねしました」(品の良さそうな声)
「あんた、心配してくれる人がいて良かったな」(品の悪そうなバアサンの声)
あとから母に聞くと、
「家からうめき声が聞こえたとか言って、やってきたのよ」と言う。私は
「あのバアサンの方を家に上げるの止めてくれないかな?それから私のこと言いたくない気持ち解るけれど、母さんがあの人上げたら、私が一人の時にも来たがるかも。でも私は入れないと思うわよ」と言っておいた。
くちさがない人たちには、独り身の私がいることだけでも興味の対象となる。母は私が日中いることを一時期嫌がっていたが、私が帰らなかったり遅く帰る理由がそのことと関係があるとわかってからは言うのを止めていた。私が男性と付き合うことにも訳があった。ましてや私は真面目に働いていてそれを咎めた負い目もあった。私は家を出たい。それは母の意思でもある。私が母と一緒にいたら間違いなく…将来私が一人になったら、欲の深い妹が乗り込んで来て(財産分与のため)…どうしてそんなこと言われるかって?私に姉に対しては乱暴な口のきき方をするからなのだけれど。私はこの頃夢でうなされている。うなされている声が聞こえたなんてわけないはずだがな?こっちも神経がトガって来る。うるさい人は近所の他人でも嫌だな。
ヤツにも言われたが、私と妹には埋め切れない溝が出来ているようだ。いずれも父を巡ってのものだけれど、母に問い詰めても二人とも自分の子供だからと言うばかり。気の弱さもあった。母だって年をとったのだ。今はそうとしか言えない。
今までの会社を辞めた理由にはこんな理不尽さがあった。納骨の当日に仕事を入れたり、夜10時まで仕事している者に朝7時30分までに行く仕事なんてのを出来ないのに入れて来たのだ。
私が家を出れば、妹が乗り込んで来るだろう。わかっている。妹は私を利用しようとしているだけだ。少なくともそうだ。私を入り込ませて様子を窺っているだけなんだけれどね。私は母の世話役ではない。だからって私はパラサイトではないと自負していたが自立出来る収入をはじきき出せない。ただそれだけが悩みだ。
2006年11月15日
夢枕?
夢なのに忘れないで覚えているのは、昨日の夢。なぜかパソコン操作中に死んだ頃より若い父親が現れて、私のパソコンのサイトについて干渉して来てパソコンを壊すという話。
初めて私のブログを見る人へ私の父は去年の夏6月に亡くなっていて私の部屋に来ることなんてあり得ないんだけれど、それが夢だよね。私を前にして年下の若い女性と結婚を夢見ていた愚かな父は先に逝く悔しさのため成仏出来ていないかも知れない。外泊許可で帰って来たあの頃のまだ少し元気が残っていた憎たらしい父親が出て来ていた。年下の相手か?納得づくで一緒になってる父でさえあんなだった。娘に対してさえ、何か一緒に住んでいると、気になるのかも知れない。痴呆が顕著になった頃、ドクターストップにより外出も駄目になって、病院で亡くなってから1年半近いから、やって来たのかも知れない。お参り行ってないとは言え、そう頻繁には行けないしね。反省。
初めて私のブログを見る人へ私の父は去年の夏6月に亡くなっていて私の部屋に来ることなんてあり得ないんだけれど、それが夢だよね。私を前にして年下の若い女性と結婚を夢見ていた愚かな父は先に逝く悔しさのため成仏出来ていないかも知れない。外泊許可で帰って来たあの頃のまだ少し元気が残っていた憎たらしい父親が出て来ていた。年下の相手か?納得づくで一緒になってる父でさえあんなだった。娘に対してさえ、何か一緒に住んでいると、気になるのかも知れない。痴呆が顕著になった頃、ドクターストップにより外出も駄目になって、病院で亡くなってから1年半近いから、やって来たのかも知れない。お参り行ってないとは言え、そう頻繁には行けないしね。反省。
2006年08月04日
2006年06月16日
母の愚痴2
母の愚痴がまた始まった。生活というものは仕方がないものだが、ない袖は振れない。基本料金なんて言っているけれど、実際はどんなものか?家のためには借金してでも払ってあげたいのはやまやま。ある時払いの催促なしと言うことだったのに、自分で約束を破る。仕方のない親だ。それだけ逼迫したのは私のせいではない。こっちだって無駄はしていないつもりだ。この間も
「週給だからまとまっては出せないからあるだけの金額でいいかな?」と言うとそれでは駄目と言う。だから、こっちは使い道を考えているんだけれどね。もとはと言えば誰も悪くはない。今はどちらにしても仕事を変わることはできない。それを説明していた。愚痴は聞かないことにした。母も年をとって手に負えなくなっている。
「昨日**(妹)が来たの?」と聞いてやった。不機嫌になって
「来ないよ」と言った。「何でだ?」と聞くので
「そう思っただけだわ」と答えた。
実は着信履歴を見ただけなんだけれどね。
妹を味方に付けて追い出そうと図ったって負けないから。そう思って意地でも家へのお金は余剰がない限り無理だと決めた。
「週給だからまとまっては出せないからあるだけの金額でいいかな?」と言うとそれでは駄目と言う。だから、こっちは使い道を考えているんだけれどね。もとはと言えば誰も悪くはない。今はどちらにしても仕事を変わることはできない。それを説明していた。愚痴は聞かないことにした。母も年をとって手に負えなくなっている。
「昨日**(妹)が来たの?」と聞いてやった。不機嫌になって
「来ないよ」と言った。「何でだ?」と聞くので
「そう思っただけだわ」と答えた。
実は着信履歴を見ただけなんだけれどね。
妹を味方に付けて追い出そうと図ったって負けないから。そう思って意地でも家へのお金は余剰がない限り無理だと決めた。
2006年06月13日
母の愚痴
母は生活が苦しいと愚痴をこぼす。私の仕事が少ないから、家へ生活費を満足に出してあげられないからで、私の働きが悪いのは認めるが、それだけじゃないのだ。母の愚痴は私に対してではない。
「私にそんなこと言わないでくれるかしら?」そう言って反論する私なんだけれど・・・正直
「ざまあ見ろ」とも思う。父は母より歳が下だったが、結核を克服してなんとか生き抜いたものの、いつ再発(転移)するかわからなかったのだ。だから絶対に母より長生き出来るとは限らなかった。しかし、だからこそ
「後のものに残してなんかやるものか!」なんて気持ちが強かったのだろう。私は何も言わなかった。私だって歳の若い相手では非常に苦労している。大抵の場合歳の順だという彼に、私の生命保険時代の平均寿命のデータを明かすのだった。悪いんだけれど、平均的に男性が80歳未満であるところでも、女性は80代後半までで、全体的に、女性が長生きすることは統計的に証明されている。10歳もではいかないが、女性が歳が上でもなんとかなるような気がすると思ったのは最近のことだった。
「母さんだったら90以上生きるでしょうね」いつもそう言う。
生活が苦しいなんて言いながら、私には
「いい人いたらさっさと家を出て相手と暮らしてくれ」とは何事なんだろうか?それだけではない。
「お前の代でこの家が終わっちゃ困るのよ」だから?何なのよ?
考えすぎと言われている。私を呼び寄せたとされる妹には何か隠し事があり、私を飛び越えて、この家をあの子供らしくない妹の次男に譲るという口約束があったんじゃないかと、私は今でも疑っている。それなら、今私を追い出そうとすることのつじつまが合うからね。ただでさえ、高齢なんだから、やせ我慢はやめて欲しいのに、私を追い出そうとする母の気持ちが判らないし、父と結託して私を迫害した時だってあった。ある時、それは2年前の今頃だったが、当時付き合っていた相手の家に泊まりこみ2週間帰らないことがあった。そのときも終始強気だったが、それでもあっちが折れたのだ。
結局仕事ができる体制もないまま、家にお金を入れることさえ出来ず、このところ仕事があっても、誰も行きたくないと考える、本当にイケてない現場しか残されてはいない。
私だってさすがに考えたわ。可能性があるのなら結婚するということもね。ないから困ってるんだけれど・・・・そうじゃなきゃ、妹がまた乗り込んでこの家を自分の次男に継がせるべく私に迫るんじゃないかとね。悪いんだけれど、あんな可愛げのない子を養子に迎える気は私にはない。
何を言われてもいい。だけれど、自分の生活が大変で家へ出すお金が全く滞っている。それこそ借金してでも家へは出したいが、それも出来ないのだしね。本当に困る。ここまで窮地に追い込んで何で会社は知らん振りなんだろうか?
「私にそんなこと言わないでくれるかしら?」そう言って反論する私なんだけれど・・・正直
「ざまあ見ろ」とも思う。父は母より歳が下だったが、結核を克服してなんとか生き抜いたものの、いつ再発(転移)するかわからなかったのだ。だから絶対に母より長生き出来るとは限らなかった。しかし、だからこそ
「後のものに残してなんかやるものか!」なんて気持ちが強かったのだろう。私は何も言わなかった。私だって歳の若い相手では非常に苦労している。大抵の場合歳の順だという彼に、私の生命保険時代の平均寿命のデータを明かすのだった。悪いんだけれど、平均的に男性が80歳未満であるところでも、女性は80代後半までで、全体的に、女性が長生きすることは統計的に証明されている。10歳もではいかないが、女性が歳が上でもなんとかなるような気がすると思ったのは最近のことだった。
「母さんだったら90以上生きるでしょうね」いつもそう言う。
生活が苦しいなんて言いながら、私には
「いい人いたらさっさと家を出て相手と暮らしてくれ」とは何事なんだろうか?それだけではない。
「お前の代でこの家が終わっちゃ困るのよ」だから?何なのよ?
考えすぎと言われている。私を呼び寄せたとされる妹には何か隠し事があり、私を飛び越えて、この家をあの子供らしくない妹の次男に譲るという口約束があったんじゃないかと、私は今でも疑っている。それなら、今私を追い出そうとすることのつじつまが合うからね。ただでさえ、高齢なんだから、やせ我慢はやめて欲しいのに、私を追い出そうとする母の気持ちが判らないし、父と結託して私を迫害した時だってあった。ある時、それは2年前の今頃だったが、当時付き合っていた相手の家に泊まりこみ2週間帰らないことがあった。そのときも終始強気だったが、それでもあっちが折れたのだ。
結局仕事ができる体制もないまま、家にお金を入れることさえ出来ず、このところ仕事があっても、誰も行きたくないと考える、本当にイケてない現場しか残されてはいない。
私だってさすがに考えたわ。可能性があるのなら結婚するということもね。ないから困ってるんだけれど・・・・そうじゃなきゃ、妹がまた乗り込んでこの家を自分の次男に継がせるべく私に迫るんじゃないかとね。悪いんだけれど、あんな可愛げのない子を養子に迎える気は私にはない。
何を言われてもいい。だけれど、自分の生活が大変で家へ出すお金が全く滞っている。それこそ借金してでも家へは出したいが、それも出来ないのだしね。本当に困る。ここまで窮地に追い込んで何で会社は知らん振りなんだろうか?
2006年06月10日
今でも忘れられないこと
老人福祉と騒いでいます私。でも今でも忘れられない屈辱を抱えています。
今から26年前のことですね。結婚して初めての夏でした。俗にそれをつわりと言うのですが、病院へと急ぐ私は辛くて路線バスの普通の席にかけていたんです。優先席ではないから、別に良いはずだけれど・・・・
すると、傍の老人が私に
「若いモンが何をやってるんだ。さっさと席を譲らんか?」と、こうでございます。
「え?」と聞き返しました。それなのに杖でつつくんですね。妊娠中の妊婦は優先席に掛けられる今のルールなんてない時代です。酷いジジイだと思いましたが、バス停の少し手前で立ってやりました。それから、め一杯睨みつけてやったのを覚えています。妊娠も初期も初期、お腹が目立たないうちでつわりも解らないなんて、きっと悲しいジジイだと今でも思います。
そんなこと言って威張ってる奴には意地でも譲ってやるものか!今でもそう思います。今までも、障害の意味なんてことを言っていたりするのですが、歩くのが大変だとか、立っているのが辛いという人に席を譲るのが本当の譲り合いだと思います。
少子化と言っているけれど、少子化に追い込んだのはこんな些細なやりとりの積み重ねじゃないのかな?そう思います。お腹が目立ってからだけが妊婦じゃないのだと思います。
だから、次回はわざとバスの中でしゃがみこみました。尋常じゃないことを感じた人はちゃんと席を譲ってくれました。妊娠7ヶ月の秋でした。
子供は切迫早産の危機を乗り越えて、次の年の1月に生まれました。その都市は児童福祉があまり手厚くなかったので、保育所と仕事先探しのいたちごっこで働けなくて困りました。でもその後、引き取った夫が働けないからと父子家庭にはすぐに保育所が受け入れをしたそうな。世の中そんなものですよ。子供と別れるのは辛かったけれど、あの男(夫)もそれなりの苦労をしたと思うから今では許せるんですが・・・そして妊婦には優しくしようと言うこと、辛そうにしている人には誰にでもと言うことに直したらどうだろうかと思うのですが・・・
年をとってもピンピンしてる人と、若くても心臓病の人とどっちに席を譲らなきゃいけないのか?普通の人ならわかるはずです。そのためには観察も必要なのですが・・・・
今から26年前のことですね。結婚して初めての夏でした。俗にそれをつわりと言うのですが、病院へと急ぐ私は辛くて路線バスの普通の席にかけていたんです。優先席ではないから、別に良いはずだけれど・・・・
すると、傍の老人が私に
「若いモンが何をやってるんだ。さっさと席を譲らんか?」と、こうでございます。
「え?」と聞き返しました。それなのに杖でつつくんですね。妊娠中の妊婦は優先席に掛けられる今のルールなんてない時代です。酷いジジイだと思いましたが、バス停の少し手前で立ってやりました。それから、め一杯睨みつけてやったのを覚えています。妊娠も初期も初期、お腹が目立たないうちでつわりも解らないなんて、きっと悲しいジジイだと今でも思います。
そんなこと言って威張ってる奴には意地でも譲ってやるものか!今でもそう思います。今までも、障害の意味なんてことを言っていたりするのですが、歩くのが大変だとか、立っているのが辛いという人に席を譲るのが本当の譲り合いだと思います。
少子化と言っているけれど、少子化に追い込んだのはこんな些細なやりとりの積み重ねじゃないのかな?そう思います。お腹が目立ってからだけが妊婦じゃないのだと思います。
だから、次回はわざとバスの中でしゃがみこみました。尋常じゃないことを感じた人はちゃんと席を譲ってくれました。妊娠7ヶ月の秋でした。
子供は切迫早産の危機を乗り越えて、次の年の1月に生まれました。その都市は児童福祉があまり手厚くなかったので、保育所と仕事先探しのいたちごっこで働けなくて困りました。でもその後、引き取った夫が働けないからと父子家庭にはすぐに保育所が受け入れをしたそうな。世の中そんなものですよ。子供と別れるのは辛かったけれど、あの男(夫)もそれなりの苦労をしたと思うから今では許せるんですが・・・そして妊婦には優しくしようと言うこと、辛そうにしている人には誰にでもと言うことに直したらどうだろうかと思うのですが・・・
年をとってもピンピンしてる人と、若くても心臓病の人とどっちに席を譲らなきゃいけないのか?普通の人ならわかるはずです。そのためには観察も必要なのですが・・・・
2006年05月12日
ヘルパーは見た・・
市原悦子「家政婦は見た」のパクリ・・・・
**宅9時~11時
9時・・・A子さんのお召し替え、ベッドを起こしてお話をします。今日はお顔色もよく、お話もよくされました。ご挨拶の次にトイレへ行きます。支えられての自立歩行が可能ですので、一緒にトイレへ行きます。
その次に、居間へ移ってもらい、ベッドのシーツ交換です。おっとその前にお部屋の掃除がありました。新米なので時々順序を間違えそうになります。ハタキをかけて掃除機をかけて、床をふいてたたみも箒ではいて・・・
その後は洗濯です。A子さんのものだけかを確認して洗います。その間に娘さんからの(お嫁さんかな?)お手紙をみます。日誌に書かれていたりはさんであったりします。
10時・・「ごめんなさい」と言って声をかけながら、お昼の支度を始めます。血圧高めで糖尿あり、味は薄めですか?それ以外の食事に気をつけるところはあまりありません。歯もしっかりしていて食べる方は大丈夫です。食事の用意を終えてひと段落すると、洗濯物を干します。娘さんが12時に世話をしにやってくるので、その時までの出来ることを、ケアマネさんが指示したとおりのことをしているはずなのですが、時間が足りなかったり余ったりします。ああ、もう11時!約束は11時までの2時間なので日誌をつけて、サインをもらって帰ります。それではA子さん、また今度。
こういうのがヘルパーの一家庭の一日ですね。最大1家庭1日3時間だけれど、2時間ってのが結構多い。ヘルパーは自分の分はお弁当持参か、食べないで帰ります。そんなことあまり守られないのだけれど、それが原則なのです。おっと!午後のお宅があるから、お昼を食べてから行かなくては・・次のお宅は一町離れたBさんのお宅で1時~4時です。ここは初めてのお宅で、ケアマネさんと**のバス停で待ち合わせて行きます・・・・・・
ヘルパーってこんな感じだったかな?結構失敗ばかりだったな!命にかかわることはなかったけれど、結構きつかったこともあります。結構大変なことを見ていながら見ぬ振りをしましたし、ひどい罵倒のされ方もしました。だから父に迫害されたって平気だったのかも知れません。ヘルパーの資格を(3級)持ってからは、姑の仕打ちもまあ耐えることはできると思いましたし・・・・縁がなかったので一緒にいられなかったのだけれど、世田谷で暮らした11年無駄ではなかったように思える。
**宅9時~11時
9時・・・A子さんのお召し替え、ベッドを起こしてお話をします。今日はお顔色もよく、お話もよくされました。ご挨拶の次にトイレへ行きます。支えられての自立歩行が可能ですので、一緒にトイレへ行きます。
その次に、居間へ移ってもらい、ベッドのシーツ交換です。おっとその前にお部屋の掃除がありました。新米なので時々順序を間違えそうになります。ハタキをかけて掃除機をかけて、床をふいてたたみも箒ではいて・・・
その後は洗濯です。A子さんのものだけかを確認して洗います。その間に娘さんからの(お嫁さんかな?)お手紙をみます。日誌に書かれていたりはさんであったりします。
10時・・「ごめんなさい」と言って声をかけながら、お昼の支度を始めます。血圧高めで糖尿あり、味は薄めですか?それ以外の食事に気をつけるところはあまりありません。歯もしっかりしていて食べる方は大丈夫です。食事の用意を終えてひと段落すると、洗濯物を干します。娘さんが12時に世話をしにやってくるので、その時までの出来ることを、ケアマネさんが指示したとおりのことをしているはずなのですが、時間が足りなかったり余ったりします。ああ、もう11時!約束は11時までの2時間なので日誌をつけて、サインをもらって帰ります。それではA子さん、また今度。
こういうのがヘルパーの一家庭の一日ですね。最大1家庭1日3時間だけれど、2時間ってのが結構多い。ヘルパーは自分の分はお弁当持参か、食べないで帰ります。そんなことあまり守られないのだけれど、それが原則なのです。おっと!午後のお宅があるから、お昼を食べてから行かなくては・・次のお宅は一町離れたBさんのお宅で1時~4時です。ここは初めてのお宅で、ケアマネさんと**のバス停で待ち合わせて行きます・・・・・・
ヘルパーってこんな感じだったかな?結構失敗ばかりだったな!命にかかわることはなかったけれど、結構きつかったこともあります。結構大変なことを見ていながら見ぬ振りをしましたし、ひどい罵倒のされ方もしました。だから父に迫害されたって平気だったのかも知れません。ヘルパーの資格を(3級)持ってからは、姑の仕打ちもまあ耐えることはできると思いましたし・・・・縁がなかったので一緒にいられなかったのだけれど、世田谷で暮らした11年無駄ではなかったように思える。
2006年05月05日
介護の基本
そもそも介護というものは自分のためにやるのでなく、相手のためにやるのである。しかし、これが一番難しいことである。ヘルパー歴**年の私にだって判らない、出来ないことだってあるんだから、ヘルパーの介護知識がない場合は驚くことばかりだと思う。
私の父の場合は、明らかに入院生活の単調さから認知症が進行したのだけれど、それ以前に奇行はあったのである。ボケを赤ちゃんがえりのような受け止め方をする場合があるけれど、それとも違う。結構近いと思うんだけれど・・・
自分が世話しなきゃという気負いは私にはなかった。何故って、父が拒否&迫害を繰り返してきたから・・・・・
「お前はだれだ?」と言われて妹が狼狽したというのを以前フォーラムで紹介した。認知症の典型的な症状で判別がつかなかった。私が居合わせたときは「ねえ、忘れちゃだめじゃないか」と笑って言った。その後、忘れた頃に、「ちさ(****)が来てくれたんだよ」と言ったそうである。痴呆のままではあの世へは行かない。少しだけ治って逝くんだね。
それで、痴呆じゃない人の場合は、照れてるってのもある。だから、他人のヘルパーさんにお願いして、それとなく様子を聞くのがいいとされているのだと思う。自分の親(亭主の親)は自分の手でと思うとうまくいかないことがある。気負うのもいいけれど、四六時中は無理でしょ?ヘルパーさんは日誌として残してくれる。書けないことは、伝言してもらう。看護婦さんも同様である。きっと知らない一面が見えてくるものである。
私も、ヘルパーがもっと収入のいい仕事だったら、また自転車とか、普通免許とか年齢とか言わないのならしてますけれどね。ホーム勤務がベターなんですね。夜勤泊り込みはハードだけれど、収入面ではベストに違いない。私も親離れにと考えたことがある。
今、私の母は、私を追い出しにかかっている。それは私の幸せを思ってのことと言っている。確かに母の介護がきてしまうと、私はそこで一生を使い切るに違いない。母は体が丈夫だからだ。「今のうちに家を出て行ってくれ」と言ったのは、自分の世話で私のこれからが犠牲にならないためであると考えたせいである。だから、将来性のない奴を嫌っているのだ。そのことはさておき、言ってること解って欲しい。介護は自分のためならず。聞いたことある言葉だが、これがなかなか実行できないものである。
私の父の場合は、明らかに入院生活の単調さから認知症が進行したのだけれど、それ以前に奇行はあったのである。ボケを赤ちゃんがえりのような受け止め方をする場合があるけれど、それとも違う。結構近いと思うんだけれど・・・
自分が世話しなきゃという気負いは私にはなかった。何故って、父が拒否&迫害を繰り返してきたから・・・・・
「お前はだれだ?」と言われて妹が狼狽したというのを以前フォーラムで紹介した。認知症の典型的な症状で判別がつかなかった。私が居合わせたときは「ねえ、忘れちゃだめじゃないか」と笑って言った。その後、忘れた頃に、「ちさ(****)が来てくれたんだよ」と言ったそうである。痴呆のままではあの世へは行かない。少しだけ治って逝くんだね。
それで、痴呆じゃない人の場合は、照れてるってのもある。だから、他人のヘルパーさんにお願いして、それとなく様子を聞くのがいいとされているのだと思う。自分の親(亭主の親)は自分の手でと思うとうまくいかないことがある。気負うのもいいけれど、四六時中は無理でしょ?ヘルパーさんは日誌として残してくれる。書けないことは、伝言してもらう。看護婦さんも同様である。きっと知らない一面が見えてくるものである。
私も、ヘルパーがもっと収入のいい仕事だったら、また自転車とか、普通免許とか年齢とか言わないのならしてますけれどね。ホーム勤務がベターなんですね。夜勤泊り込みはハードだけれど、収入面ではベストに違いない。私も親離れにと考えたことがある。
今、私の母は、私を追い出しにかかっている。それは私の幸せを思ってのことと言っている。確かに母の介護がきてしまうと、私はそこで一生を使い切るに違いない。母は体が丈夫だからだ。「今のうちに家を出て行ってくれ」と言ったのは、自分の世話で私のこれからが犠牲にならないためであると考えたせいである。だから、将来性のない奴を嫌っているのだ。そのことはさておき、言ってること解って欲しい。介護は自分のためならず。聞いたことある言葉だが、これがなかなか実行できないものである。
2006年04月19日
私と父と介護の仕事
私がヘルパー講座を受講しようと思い立った時は、まだ東京にいて、心もとなく時々仕事を出し渋る会社と闘いながら、日々努力していた。会社が夜勤を勧めはじめた時も「親が具合悪いので、日勤にしてもらえますか?」と少し遠慮がちに言っていた。それだけでなく、理不尽なこと(理由もなく、何の落ち度もないのに日給を下げられたり)をされて、会社を変わった時も父の危篤は全く知らなかった。一昨年の2月頃だったかな?「お父さん入院しちゃったんだよ」という妹からの電話で実家へやってきた。「どんな具合なのかしら?」と聞くとともに、「私、一緒に暮らそうと思っている人がいるんだけれど・・・」その時切り出したが、にべもなく反対をされた。理不尽なほどの反対のされようだった。
「どうすればいいの?その人と暮らすか帰ってくるかのふたつに一つだけれど・・・」
聞いたのを覚えている。「わかった。帰ってくればいい」と母は言った。
「とにかく家にいて。父さんには何とか言うから」
その言葉が見事に欺かれたことをじきに知らされた。入院していた父が一時退院(外出許可かな)して来たが、私を見るなり「何で帰ってきた?お前のことなんか面倒見れないぞ」
大変な仰りようですねえ!母はこのようになった父に全く力なく従いながら、でも、私は「そのことについては母さんと交渉してね。私はヘルパーなんだから」言った気がする。
「居候なんて言ったらお母さん、困るよ」といい含めた。それが認知症気味となった父との格闘の始まりだったとは・・・・だれが想像しただろうか?
父の病状を説明しよう。父はもともと結核で、一命をとりとめたが、私たちが幼い頃リンパ腺から膿が出たりしていた。その後は経過もよく、なんとか生き延びていた。夜勤はなく、給料も下がらず8000円を保つために、私は転職したばかりだった。それなのに東京都内から千葉へ引っ込まなきゃならないとすると、仕事の心配は必至だった。ただ、「親の具合が悪い」とまことしやかに言った手前本当に父の具合が悪くなるなんて。霊感は確かにあるのかな?そう思った。
やはり仕事が少なめで、その空きを利用してスクーリングを受けに行ったんだったよね。よくやったと今ではそう感じている。通信制のその講座に費やした費用は8万円くらい。以前は都(正確には区)がやっていた講座だったので、本代くらいですんだのだけれど、スキルアップのためにつぎ込んでしまったのだ。まあ、面倒を見るよという意志表示だったのだが、「面倒見ない」なんて言われて開いた口が塞がらなかった。自分の親が認知症になるなんて、妹は思いもかけないことでショックが大きかったと思う。妹は教員だけで20数年生きてきていて、私のように老人介護なんて経験もないのだから当然なのだけれどね。警備員をしながらヘルパーステーションへ行った日もあったんだ。3級の頃には。でもさすがに自分の親では、誰かの言うように「ヘルパーさんを頼んだほうがいいかも知れないよ」と言ったことがある。しかも男のヘルパーさんがいいだろうと考えていた。そして私は、資格あることを言い、父をみてもらう条件で入れてもらおうなんて考えていたことだってあった。でも、そんな計画も日の目を見ることなく父が病院で亡くなり、お骨となって帰宅した。亡くなったその日、何人かのこのサイトの仲間はお悔やみを言ってくれたのを今でも覚えている。あと2ヶ月で命日なんだけれど・・・
縁起でもないことはわかってるんだけれど、介護と言うと思い出しちゃうんで・・・お墓参り(本当は
正式の納骨なんだ)にも行かなきゃならないし・・・・母と妹の姿を写真撮ってた私はとても不謹慎だけれどね。でも、許してもらおう。
2006年04月18日
私はヘルパーです
私はおととし、ヘルパー2級に挑戦、資格取得をした有資格者です。老人介護は得意分野なんです。去年の今頃、結構老人の話題を出していましたが、誰にも振り返ってもらえませんでした。そして、認知症の父は病院で帰らぬ人となりました。家で介護してくださいと言われ、まあ、私もその気になっていましたが、母は父が私をかなり迫害(ののしったり、嫌ったりした、原因不明だったが)したので、ある日
「私がお父さんの面倒をみるよ。だから、お前の学んだことを教えておくれ」
と言った。
「でも、トランスファー(患者を移動させること)なんかうまくやらないと腰を痛めるよ。母さんが患者役をやって覚えなきゃ・・・」
そう言ったが、ついぞ母の介護の出番はなかった。勿論私もである。無資格の頃と3級の頃、老人介護の経験はあるが、父の場合は少し大変かな?とは思っていた。体重があるからだ。家のお風呂は老人に優しく出来ていてとてもいいのだが、それでも、浮力のものいう水中と出したときの体重のかかり方は違うものね。やっぱり無理だったかな?
「本当は逃げたかったんでしょう?」
母は答えなかった。どうでもいいけれど、資質はどうであれ、介護はこれからの私たちにかなり重くのしかかってくるのだ。ヘルパーの体験を今に生かそうと思う。並たいていじゃないと言われた。わかってるのよ。結婚してた頃から、3級の資格を有しており、私は老人介護には熱心だった。3級のままでも良かったが、婚家に資格証を置き忘れたのだ。それは実家に戻ったときに私の手元に戻った。でも、2級資格は無駄ではないと思う。ただ、収入が悪すぎて、就業はしないつもりだ。あと、自転車に乗れないという私の弱点で、就業のチャンスを狭めている。そのうち有利な状態で就職したいと思っている。福祉事業は絶対伸びなきゃならないものだ。そう思う。待遇改善して欲しいと思っている。
「私がお父さんの面倒をみるよ。だから、お前の学んだことを教えておくれ」
と言った。
「でも、トランスファー(患者を移動させること)なんかうまくやらないと腰を痛めるよ。母さんが患者役をやって覚えなきゃ・・・」
そう言ったが、ついぞ母の介護の出番はなかった。勿論私もである。無資格の頃と3級の頃、老人介護の経験はあるが、父の場合は少し大変かな?とは思っていた。体重があるからだ。家のお風呂は老人に優しく出来ていてとてもいいのだが、それでも、浮力のものいう水中と出したときの体重のかかり方は違うものね。やっぱり無理だったかな?
「本当は逃げたかったんでしょう?」
母は答えなかった。どうでもいいけれど、資質はどうであれ、介護はこれからの私たちにかなり重くのしかかってくるのだ。ヘルパーの体験を今に生かそうと思う。並たいていじゃないと言われた。わかってるのよ。結婚してた頃から、3級の資格を有しており、私は老人介護には熱心だった。3級のままでも良かったが、婚家に資格証を置き忘れたのだ。それは実家に戻ったときに私の手元に戻った。でも、2級資格は無駄ではないと思う。ただ、収入が悪すぎて、就業はしないつもりだ。あと、自転車に乗れないという私の弱点で、就業のチャンスを狭めている。そのうち有利な状態で就職したいと思っている。福祉事業は絶対伸びなきゃならないものだ。そう思う。待遇改善して欲しいと思っている。


